「やればできるを形に」「沖縄を発信」
この2つを目標に大規模イベントを開催

ゼロから始めたことに全力で向き合い、当たり前を徹底し
さまざまな苦難を乗り越えて大規模音楽イベントをやり遂げる。

沖縄国際大学 産業情報学部 企業システム学科

糸数 央

氏名
糸数 央(いとかず ひろむ)

学校名
沖縄国際大学

学部/学科
産業情報学部 企業システム学科

学年
卒業生

卒業年
2016卒

志望業種・業界
コンサル
サービス
不動産
金融・証券・保険

志望職種
企画系
営業系
販売・サービス系
金融系

出身
沖縄県

希望勤務地
どこでもOK!

学生団体
学生団体Zero Limit

タイプ

リーダー型

知識収集型

クリエイティブ型

ボランティア型

リーダー経験あり営業経験あり

アルバイト店長を通して経営を学ぶ

私は高校生の頃から「起業する」と周りに話をしていました。そんな中、大学に入学しアルバイトとして花屋の店員を始めます。「人の笑顔を見ることが好き」だという理由で始めたアルバイトです。しかし花屋でアルバイトをし始め、いろいろな経験をしていく中で高校生の時に思っていた「起業する」というワードが思い浮かび、花屋の社長にその話をしました。何度もその話をしているとある日、社長に「アルバイト店長をしないか?」と言われ、アルバイトとして花屋の「店長」をすることになりました。大学では経営を学んでいたこともあり、必死で取り組み、大学で学んだ経営論を実践してみたり、簿記の授業で学んだ通りにお店の数字を見たりと、少しずつ経営者としての経験を積んでいきました。もちろん多くの失敗や挫折もありましたが、もともと「人の笑顔を見ることが好き」で始めたアルバイトであったため、花を買い幸せそうに帰るお客さんの笑顔が原動力となり、継続することができました。
 

大好きな沖縄を見知らぬ土地で発信する

私は大学3年生になるまで、沖縄から出て県外や海外で生活をしたことがなく、沖縄のことしか知らず、いわゆる「井の中の蛙、大海を知らず」の状態でした。しかし同時に沖縄から出て生活をし、いろいろな事を経験したいと強く感じており、大学3年生になり国内留学で東京の桜美林大学へ1年間行くことを決意しましたのです。東京では知っている人や友達もいなく、全てがゼロからのスタートで、まずは友人を作る事に専念しようと考え、沖縄でも行っていた「イベント企画」をする事にしました。それからは月に1回の頻度で、大学で知り合った人や知り合いの友達を誘い交流会を開催し、徐々に友人も増え、心を許せる仲間もでき、充実した大学生活を送ることができていました。友人が増えていく中で、沖縄のことを紹介することが多くなり、紹介すると良いことや悪いことも含めていろいろな反応が返ってきて、初めて外から見た沖縄を知ることができたのです。外から沖縄を見ることができるようになり、もっと周りの友人やまだ沖縄を知らない人に「沖縄を発信したい」と強く思うようになりました。そこで開催しようと決意したのが私を大きく変えた「うちなーMUSICフェスタ2015」です。

うちなーMUSICフェスタ2015

このフェスタは沖縄出身の音楽アーティストやお笑い芸人、エイサー団体を東京赤坂BLITZへ招待し「本当の音を探す旅」をテーマに開催した音楽イベントです。テーマの背景には「沖縄という共通のアイデンティティを持った仲間と共に沖縄の良さを感じ、これまで関わったすべての人への『ありがとう』を胸に、参加するすべての人が自分の在り方『本音』を『沖縄の音楽と共に考える』機会にしてもらう」という想いがあり、この想いに共感したさまざまな人に協力してもらいながら、総勢40名弱の運営メンバーとそして沖縄県内の大手企業も含む15以上の団体から協賛・後援をしてもらい、開催しました。開催するにあたり、2つの軸を作りました。1つは「肩書きが無くても『やればできる』という想いがあれば どんなことでも形になる」こと、もう1つは「沖縄を若い僕らから発信したい」の2つでした。開催を決めた時点で資本金はゼロ。私自身には実績も肩書きもなく、会場探しや協賛集め、アーティストへの依頼など苦労することが数多くありました。しかし、最初に「やると決めたからには、周りが諦めても自分はやり遂げる」と決意を固めていたこともあり、途中で開催が危うくなり、メンバーが抜けて1人になってしまうこともありましたが、協賛を依頼した企業から何度断られても続けることができたのです。そして、もう1つ私がこのフェスタを開催するにあたって決めていた「社会的な変化を生む」こと。その思いを「千羽鶴プロジェクト」として形にしました。戦後70年という節目を迎える2015年、そして悲惨な沖縄戦の戦没者への追悼の意を表すために折り紙に来場者の夢を書いてもらい、千羽鶴を作り、来場したすべての若者が戦後70年を少しでも意識し、平和な世の中に感謝するきっかけを作りました。この2つの軸がこのフェスタを成功に導いたと考えています。この軸と関わってもらった人たちのおかげで私は大きく成長することができました。
 

当たり前のことが当たり前にできる

私は「人」として最も大切なことは「ありがとう」と「ごめんなさい」をしっかりと言えることだと思っています。人と会うときには常にこの2つの言葉を意識して、人と接しています。この当たり前のようなことを当たり前にでき、ずっと感謝の気持ちと謝罪できる謙虚さを持っていたいと私は強く思っています。この想いは「うちなーMUSICフェスタ2015」を開催していく中で積み上げてきました。そして今年は「結果にこだわる年」にしようと思っています。今、目の前にあるチャンスに全力で取り組み、どれだけ結果が出せるかが大事だと思っており、昨年はMUSICフェスタで社会人の方はもちろん、多くの学生にも助けてもらいました。次は、私がサポートする番だと思っています。何か始めたいと思って動き出したメンバーにいつでも駆けつけて応援できるぐらい自分に力をつけたいと思っています。将来の働きたい職業に関しては、まだあまり考えきれていませんが、夢は「これまでお世話になった人へ一人ひとりに理想の形で恩返し」することです。

[インタビュー日:2015年4月]

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