中国での留学経験や世界一過酷な
マラソンを通して食の大切さを学ぶ

世界一過酷なマラソンに挑戦し、努力と助け合い
食と飲料の大切さを学び提供できる人間を目指す。

神戸女学院大学 文学部 総合文化学科

川中 麻裕

氏名
川中 麻裕(かわなか まゆ)

学校名
神戸女学院大学

学部/学科
文学部 総合文化学科

学年
4年生

卒業年
2018卒

志望業種・業界
業種・業界は問いません

志望職種
与えられた仕事ならなんでも

出身
兵庫県

希望勤務地
海外勤務、どこでもOK!

学生団体
学生YMCA

タイプ

リーダー型

知識収集型

クリエイティブ型

ボランティア型

海外経験あり中国語話せます世界大会出場

中国への憧れと失敗

私は、大学の交換留学生として1年間中国へ行っていました。大半の人が、アメリカやカナダなど英語圏に行く中、中国語学科生でもない私が中国へと渡ったのには理由があります。私は以前、家族と観戦した北京オリンピックで、柔道の試合を見ていた時に、一際目を引く選手がいました。その人は、柔道女子の中国代表である洗東妹選手で、ひと目見たときから目が離せなくなってしまったのです。そして、その方の魅力に惹かれ「必ず中国に留学しよう」と決意しました。
中国での留学生活は、楽しいことも沢山ありましたが失敗も沢山ありました。例えば、留学当初、私は中国語がほとんど話せませんでした。そのため、言語の壁にぶち当たります。他の学生たちが周囲の方とコミュニケーションを取っている中、私はろくに話すことができず語学力の差を見せつけられました。最初の数週間は、授業が終わると宿舎で自分の語学力の無さに悔しくて泣いていましたが、ある日、良い意味で吹っ切れ「他の人よりも中国語ができないからこそ、中国人の学生や周囲の中国語が上手い留学生に沢山聞いて、とにかく話す機会を増やそう」と決意します。それからはボディランゲージを使いながら積極的に人に話しかけ、その時に中国語が上手でなくても友だちができたことで自分のコミュニケーション能力に少し自信が持てるようになりました。そんな中、大学で中国語のスピーチ作文コンテストが開催されると聞いて、迷わず出場を申し込みました。ネイティブに近いレベルが多い出場者の中で、誰にも練習量だけは負けたくないと先生や学生に毎日スピーチを見て貰いながら、徹底的に自分の足りない部分を無くしていき、いかに観客に思いを伝えられるかを重視しながら発音の正確さ、表現力を高めていったのです。その結果、どちらの部門でも2位という成績を残すことができ、その頃には、苦手だった中国語がいつの間にか大好きになり積極的に人と話すようになっていました。
そして、何よりも嬉しかったのは留学中に広州で行われた中外青年体育対話会で、昔からずっと憧れていた柔道女子の中国代表、洗東妹選手と共に講演会を行う機会を頂けたのです。その際に洗東妹選手の隣でスピーチを行えた時は「今まで頑張ってきて良かった」と心から思いました。留学で私が頑張れたのは、沢山の人達の支えがあったこと、その人たちの良い部分を沢山吸収しながらも「自分らしさ」を最後まで貫いたからではないかと思います。
また、留学後の1ヶ月間、現地企業にインターンへ行ったのですが、そこで発注ミスをしてしまい、商品を通常より多く発注してしまったことがありました。自分のミスだったこともあり、商品を全て売りきらなければならなかったのです。その時に、さまざまな手で売ろうとしましたが、時には上司やお客様に厳しい言葉を投げつけられることもありました。しかし、その言葉があったからこそ、改めて自分自身の欠点を見つめ直すことができました。そして地道に商品をPRする他、自らイベントを企画し他の商品とセット販売するなど手を尽くした結果、発注ミスした数よりも多くの商品を売り切ることができたのです。

自身の活動のきっかけとなった団体活動

現在は、YMCAというボランティア団体で活動をしています。

学生YMCA

団体活動の一環で、月に1度、大阪梅田の大丸前で東日本大震災救援募金を行っています。また、被災した子どもたちがのびのびと遊べるようにフレッシュキャンプを開催するなど被災地支援に取り組んでいるのです。大学2年生の夏に、実際に被災地である宮城県南三陸町を訪れました。現地では、瓦礫撤去や家屋解体作業をし、被災者の方々と話をする中で、未だに復興が追いついていないという現実を知ります。胸が痛み、それまで被災地の状況を知ったつもりで募金活動をしていただけだったと気づきました。それ以降は、更に気合を入れて被災者に寄り添った募金活動に励んでいます。
 

“世界一過酷”なサハラマラソンを日本人代表選手で完走

団体での募金活動をしていて「個人でもこういった募金活動はできないか」と考えるようになりました。そして、見つけたのが「サハラマラソン」と「Just Giving Japan」というクラウドファンディングサイトでした。このサイトは、インターネットで自分を応援してくれる方々から出資を募るサイトで、集まった資金が東日本大震災復興支援財団に寄付される仕組みになっています。このサイトを通じて、SNSや国内の大会に出た際や、学内でも募集広告を配り被災地支援を呼びかけました。
サハラマラソンは、世界一過酷なマラソンと言われ、7日間で250キロもある砂漠や岩場を完走するサバイバルレースです。「これに出場することで、もっと多くの募金を集められるのではないか」と思いつきました。そして、マラソンに向けてトレーニングを始めたのです。しかし、私はたった1キロ走るだけで全身が筋肉痛になるほどマラソンが苦手でした。1年間トレーニング期間を設け、毎日必ず最低でも10キロ走るようにし、8ヶ月ほどで1日に42キロ走れるようになったのです。また、ただ走るだけではサバイバルレースは生き残れません。サハラマラソンでは、7日間の衣食住の荷物を持って走るため、その対策として毎日20キロのおもりをリュックに入れて練習をしていました。
実際のレースでは、砂嵐に巻き込まれ荷物をなくす人、靴の中に砂が入り爪の中に血豆ができる人。爪が剥がれリタイアする人、遭難する人などさまざまなアクシデントが起こりました。私は、装備で砂対策などの準備をしていたのです。しかし、レースの途中で砂漠の中で道に迷い、水分も尽き果て、死を覚悟する場面もありました。しかし、運良く原住民の方に助けて頂き、なんとかレースに戻り、完走することができたのです。この経験を通じて、自分たちが「ありえない」と思うことでも、計画を立てて地道に努力を重ねていけば「できる」に変えること、そして、レース中に原住民族に救って貰った際に「今まで、どんな状況でも自分の努力だけでなく、沢山の人達に支えられていたのだな」と改めて人の大切さを身に染みて感じました。
 

人やチャレンジ精神を大切にしながら、世界へ

これまでの経験を通して「食」と「飲料」がいかに人の心に寄り添い、人を変えることができるのかということを改めて知りました。そのため食品や飲料に関する仕事に興味があります。具体的な職種としては食品メーカーや商社などでグローバルに活躍できればと思っています。特にお酒は、中国留学の際に週末になると広州の酒蔵や博物館を訪れる中で、酒米を育てている農家の方々、お酒に醸す杜氏、できあがったお酒を販売する酒屋、それぞれ酒に携わっている方々が色々な思いの中で作っている事を自分の肌で感じることができました。また、留学中には、新たに日中友好団体を作り、酒だけでなく、日本の「和」の文化を中国人や留学生に伝えるイベントを行ったのです。和食を一緒に作ったり、着物の着付け体験をしたりなど、日本の文化に少しでも興味を持ってもらえるように努めました。これらの経験から、将来は世界で多くの「人」に関わり、お客様、そして会社の方々一人ひとりの思いに寄り添いながら、日本のサービスを提供していきたいです。

[インタビュー日:2016年10月]

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