被災地でのまちづくり活動で挫折するも
その経験を活かし新たな地域課題に向き合う

若者と起業家を繋ぐイベント「東北若者10000人会議」の
運営として東北の活性化に貢献する。

東北大学 工学部 建築・社会環境工学科

山本 憲弘

氏名
山本 憲弘(やまもと のりひろ)

学校名
東北大学

学部/学科
工学部 建築・社会環境工学科

学年

卒業年

志望業種・業界
IT系
不動産
建設・工事系

志望職種
IT系
クリエイティブ系
技術・研究系

出身
大阪府

希望勤務地
東北

学生団体
T-Na
東北若者10000人会議
株式会社オムニメント

タイプ

リーダー型

知識収集型

クリエイティブ型

ボランティア型

リーダー経験ありインターン経験ありデザイン経験あり

背伸びせず等身大の「まちづくり」を

「東日本大震災から復興に向けて盛り上がりを見せる東北で、建築や都市計画について学びたい」そんな思いで私は大阪から東北にやってきました。しかし、大学生活は思ったより単調な生活で、はじめのうちは今ひとつ楽しさを見出だせずにいました。そんな中で知ったのが「復興大学」です。復興大学は宮城県などの大学生を対象に開講されるカリキュラムです。東日本大震災からの復興について、政治や経済、社会学、哲学などさまざまな分野の講義が開講されていました。

「これは面白そうだ!」と思い、私はすぐに受講を決めました。その中で、私が大学1年の夏より代表を務めているまちづくり団体「T-Na」が誕生します。

T-Na

そして今に至るまでの2年半の間、福島県双葉郡の南端に位置する広野町という場所で地元自治体と連携したプロジェクトを行ってきました。

プロジェクトの内容は『町外の学生と地域住民で協働し、地域の交流拠点となる木造施設を建設する』というもの。震災後3年が経った町で地域コミュニティの再建が求められるなか、広野駅前にまちの交流拠点となるような場所を、住民参加型のプロセスで設計から施工まで行うことが求められました。最初は広野町のことや設計のことに関して右も左もわからず苦労しましたが、現地のニーズに即した建築をつくるため、休日や夏休みに広野に足を運び現地の人と触れ合いヒアリングなどを重ねました。すると、さまざまな問題点が浮かび上がってきました。
その中の1つが原発作業員と町民のコミュニティ間の共生問題です。震災前には約5,000人だった広野町の人口。現在は、避難先から約半分の2,700人が戻り生活をしています。一方で、現在広野町には町民の数を上回る約3,000人の原発作業員が住んでいるといわれていました。
そのため元々の町民の中で、作業員として新しく町に来た人に対して恐怖心を持つ人が少なくない状況でした。また、一時避難で広野町を離れることになった方々の帰町を促すことも課題として挙げられました。他にも複数の課題が絡まり合っていて、どの課題に注力して施設のコンセプトを立てるか悩んだ末に「地域の高校生などが活躍し町に新たな交流の機会を生み出す場」として交流拠点施設をつくることに決めました。彼ら若い世代がたとえ進学や就職などで広野町を離れることになったとしても、広野を誇りに思い“またいつかこの街に戻りたい”と思ってもらえるようなまちづくりの一助になれればと思ったのです。

「まちづくり」を本当の意味で達成することの難しさを実感

まちづくりに関わっていく上で「いかに地元住民との距離を適切に縮められるか」が成功を左右します。私は、自治体関係者が集まるイベントに顔を出し、じっくり対話しながら彼らのニーズを汲み取っていきました。「施設に関わることがメリットになると判断したら、団体の活動を支援してくれませんか」と提案しました。
施設の提案を、地域のイベントなどに出向き出会った町民の方々にして回ったところ、元々町内で場づくりイベントをしようと考えていたグループの方々と出会い、協力関係を持つことになりました。最初の頃は共同で町民を対象に施設へのニーズを汲み取るワークショップなどを行うなど順調に活動を続けていました。しかし、核心の施設設計についての話を進めていくにつれて問題も生じます。大枠のコンセプトである「地元住民の交流拠点にする」というものは一致していたものの、デザインのディティールを詰める段階で齟齬が生まれました。

試行錯誤する中で「相手のニーズと自分たちの目標を折衷して1つの設計にまとめる難しさ」を実感します。交渉では最大限の力を尽くしたものの、チームで進めることは難しいと判断し、その後は可能な範囲での協力を仰いで進めることとなりました。

また、私は大学2年の半ばで休学し始め、広野町役場で約3か月間のインターンを始めます。そこで交流拠点施設の建設に向けて、役場の立場から事業を進めていきました。施設設計が着々と進む中「施設が建築基準法の接道要件を満たさない」など法律面の問題や、予算面の問題など様々な課題が生まれましたが、役場や地元工務店の方々のお力添えや仲間の協力を受けながら壁を1つずつクリアしていき、2016年2月に着工に至ることができました。

施工過程では、上棟式から餅まき、壁塗りや家具作りなどの住民参加イベントをT-Na主導で実施しました。イベントはメディアなどにも取り上げて頂けて、周囲の方からもお褒めの言葉を頂くことができました。しかし、表向きの成果とは裏腹に、実際には思ったような集客も上げられず、「果たしてこれは意味があったのか?」と悩み、周囲のイメージと現実のギャップに戸惑う日々が続きました。ただ「まちづくりのようなことをやるだけ」ではなく、実際に「成果を出す」ことの難しさを感じた瞬間でもありました。振り返ってみると、広野のプロジェクトでは関わってくださった方に迷惑をかけてしまうことも多々あり、苦い思いも沢山しました。今となっては、現在に繋がる糧になったと思っています。
 

応援される人になるには「真摯な態度で継続する」こと

また、ある時、知人に誘われ「東北若者10000人会議」の運営に携わるようになります。

東北若者10000人会議

東北に縁ある若者と起業家を中心とした大人とを繋ぐというイベントです。大学進学で地元を離れ、「就職で地元に戻りたいけれど、おもしろい会社が思い浮かばず、地元に戻れない」という考えを持っている人がたくさんいることに気づいた仲間が立ち上げました。実際調べてみると、東北にはおもしろい会社がたくさんあるのに、その存在が若者には知られていないのです。
そんな企業と東北に縁ある若者を繋げるイベントを継続的に開催し、結果的に新しい一歩を踏み出す人が10000人に繋がっていけば。そんな思いを込めて名付けられた団体名です。私は、主に全体のマネジメントからコンテンツ企画、会場設計、演出に至るまで多岐に渡る業務を担当しました。それまでに経験のない大規模なイベントを短期間で準備しなければならず、スタッフ間の共通認識、企業側との交渉など難しいこともありましたが、イベントは盛況に終えることができ私にとっても貴重な経験となりました。
私が現在住んでいる仙台にはいいところがたくさんあるのです。休日には、市内各地で個性溢れるイベントが開催されています。私は、イベントというカジュアルな形を通して市民が気軽にまちづくりに参加していく仙台のまちが素敵だと思うのです。何よりも、まちの魅力や可能性を見つめ、切り出していくことで「プラスの面を探しながら、いいところを最大化していくために創意工夫をこらしていく取り組み」を今後はやっていきたいと思っています。
 

やりたいことは後から見つけてもいい

福島でのまちづくりと並行して、1年生の頃から人材育成や起業支援などの事業にもいくつか関わってきた経験から、現在は県内の高等専門学校でアントレプレナーシップに関する講師を業務委託で受けています。また、埼玉県に本社を置く「株式会社オムニメント」でロボットや機械電子応用機器を開発するスタートアップにも参画中です。

株式会社オムニメント

これまでは、自分たちが主導で企画を実行することがメインでした。しかし、最近は、多くの 素敵な大人の方たちから教えを受けながら可能性の幅を広げています。今後も自分とは違う発想や実践を学んでいきたいです。私はこれまでの経験でさまざまな人と触れ合い「東北」が私にとってかけがえのないものになりました。そのため、将来はデザインやものづくりの切り口から東北に貢献できる人材になりたいと考えています。何かを始める時、失敗など先々のことを考え躊躇する人も少なくありません。しかし、それはもったいないことだと感じます。すぐに点と点を結びつけなくともよく、点は後から丁寧に繋ぎ合わせていけば必ず結果がついてくるのだと信じています。

[インタビュー日:2016年8月]

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